景気回復には『日銀改革』が不可欠(2008.1月号)(月刊リベラルタイム)

景気回復には『日銀改革』が不可欠 (月刊リベラルタイム誌 2008年1月号掲載記事より)
景気回復には「日銀改革」が不可欠
2007年2月に金利0.25%から0.5%に引き上げた日本銀行。
さらに、福井俊彦総裁は「利上げ」姿勢を崩さない。こうした日銀の金利政策に対し、「むしろゼロ金利に戻すべき」との論陣を展開するのが山本幸三自民党金融政策小委員長だ。同委員長に、「利下げ推進」の理由を聞いた。
景気後退の元凶は「規制強化と日銀の失政」

 

藤沢 まず2007年8月に世界同時株安を招いたサブプライム・ローン(低所得者向け住宅 ローン)問題の影響ですが、08年も続くという見方が強まっています。
山本さんは、こう問題をどう捉えていますか。

山本 サブプライム問題の原因は、アメリカの住宅金融業者による、倫理観を失った安易 な貸し出しに尽きるのではないでしょうか。これは2、3年は尾を引く問題だと思います。
 21世紀は、世界が産業資本主義から金融資本主義に突入した時代といわれます。
 証券化等を通じ、土地を含め、あらゆるものが金融市場化されています。ここで重要なことは、金融市場が大きな影響力を持つ中で、市場関係者が侵してはならない倫理観をどう養うか、という問題。「資本主義はプロテスタントの倫理観が支えた」と唱えたのは20世紀のドイツ経済学者のマックス・ウェーバーですが、金融資本主義を支える新しい倫理観を、いまこそ考えなくてはいけない。

藤沢 サブプライムショック以来、日経平均株価は下落基調から脱していません。経済の先行きへの不安が高まっています。

山本 日本銀行も内閣府も、いまは緩やかな景気回復期というが、私は景気は後退局面に入っていると見ています。アメリカや、BRICs等の新興経済国の外需に牽引されて、日本の輸出関連の設備投資や生産は好調ですが、内需に力強さは見えない。
 一部の企業の収益は上がっているというが、全体的には賃金はむしろ下降傾向。
 そのため、企業業績の回復が家計に反映されず、国内消費は鈍いままです。

藤沢 同感です。中小零細企業を含めた企業の多くは、好況の実感を得ていません。

山本 実際、中小企業庁の統計では、中小企業のDI(景気動向指数)は06年12月から下降を続けていますから。
 そこにきて、07年6月に施行された改正建築基準法が、景気に様々な悪影響をもたらしている。建物着工時の建築計画の審査を厳格化する同法は、煩雑過ぎる審査手続き等が原因で、建築作業が停滞し、これがまた景気を後退させているわけです。9月の新設住宅着工数を見ると、3ヶ月連続の大幅減少、前年同月比で44%減で、GDPを押し下げています。

藤沢 12月施行の改正貸金業法も、景気の足枷になっていると思います。

山本 おっしゃる通り。この法改正による上限金利の引き下げが貸金業の貸し渋りを招き、また同法で利用者の借り入れ限度額を年収の3分の1までに定めたことも、短期的に資金が必要な事業者の、資金調達を阻害しています。
 私は、今回の貸金業法改正には反対でした。貸金業者の不正行為を厳罰に処すことが重要であり、金利は市場原理に任せるべきでした。
 しかし、どうしてこういうことが起きるのか。それはいまの政策に、金融のあるべき姿を考える、包括的な視点が欠けているためではないでしょうか。シティやシンガポールの金融市場は、規制緩和を行い、世界中の金融機関を集め、市場を活性化しました。対して、日本の金融市場は規制重視。「水清ければ魚棲まず」ではありませんが、金融については、過剰規制は市場の活力を削ぎます。

次期日銀総裁には官僚、プロパーは避けよ

藤沢 現在の日銀の政策を、どうご覧になられていますか。

山本 なによりもまず、福井俊彦総裁の責任を問いたいです。日銀は06年3月に量的緩和を解除、同年7月に金利を0.25%に引き上げた。福井総裁が金利引き上げに踏み切った理由は、CPI(消費者物価指数)が前年同月比でプラス基調が続き後戻りする恐れがなくなったから、というものでした。これに対し、私は当時、「8月には5年ごとに行われるCPIの基準改定がある。改定結果が公表されるまでゼロ金利解除は待つべき」と強く主張しました。しかし、日銀は金利引き上げを強行した。結局、8月のCPI基準改定では日銀の予想を上回る下方修正がされました。
 そして、利上げの根拠だったCPIのプラス基調が、実は4月はマイナスだったことが明らかになった。日銀は引き上げ時期を、見誤ったわけです。
 福井総裁は、総裁就任前に私に「デフレを数年以内に解消する」と確答したが、これも果たしていません。07年9月のCPIは前年同月比で、8ヶ月連続下落傾向です。08年の予算委員会で、福井総裁の責任を追及するつもりです。

藤沢 どのような金融政策がベストでしょうか。

山本 08年の国内経済の最優先課題はデフレ脱却。いま必要なのは、ゼロ金利に戻し、その効果を待つことです。
 一方、水野温氏日銀審議委員は「バブル発生の予防を意識し、金利引き上げを」と発言しています。しかし、バブルというのは破裂して初めてバブルだったと知る代物。ましてやデフレ経済のいま、水野氏の発言は全く不用意としかいえません。
 日銀が金利引き上げ姿勢を見せるたびに、企業は萎縮して設備投資も賃金値上げも控えてしまい、国内消費が伸びない悪循環が起きています。

藤沢 1990年代のバブル崩壊を招いた原因の一端は、日銀の金利引き上げでした。 金利変動は、慎重に慎重を重ねるべきですね。

山本 バブル崩壊については、アメリカの連邦準備銀行(FRB)がバブル崩壊時の日銀の失敗を検討し、レポートしています。それによると、金利引き上げや量的引き締め等の金融政策でバブルに対処すると、あのようなバブル崩壊後の経済の大混乱を招くといいます。にもかかわらず、日銀はいまだにこのデフレ状態で、金利引き上げを唱えている。いまや、「日銀の常識は世界の非常識」です。
 金利を引き上げるべき時期については、CPIで前年同月比0.5以上が3、4ヶ月継続し、将来的にもそれ以下になるリスクがほとんどないことが条件です。

藤沢 福井総裁の任期は2008年3月までですが、次期総裁にはどんな方を求めますか。

山本 日銀出身者や官僚は避けることが望ましいです。メンツやしがらみに捕われず、金融理論がわかって、国民生活の安定回復を信念に持つ方に就任して頂きたい。

金融は外交手段でもある

藤沢 国際金融の分野についても伺えますか。いま専門家からは、日本が保有する手つかずの外貨準備高を、積極的に運用して収益を上げるべきとの声があがっています。
 例えばシンガポールの政府が出資する投資会社テマセク・ホールディングスのような政府系外貨準備運用会社を、日本も設立するべきだと思いますか。

山本 賛成ですね。というのは、これは金融だけの問題ではなく、外交の手段になります。
 中国は07年9月に、テマセクにならい、政府系投資会社を設立しました。世界最大手の投資会社ブラックストーンに出資しています。おかげでブラックストーンを含めアメリカのヘッジファンドは、中国当局の顔色をうかがう必要が出てきました。
 こうすることで、中国は存在感を誇示しているのです。
 私は毎年アメリカを訪れ、現地議員やシンクタンクの研究員たちと金融問題の議論を続けていますが、アメリカは日本を見捨てつつあるのではないか、という感触が段々と強まっています。そして、アメリカと中国との関係が深まっていることに危機感を持っています。
 日本は、金融、外交等、様々な局面で、世界に存在感を示さなくてはいけません。
 それが、日本経済の潜在能力を生かすことになるからです。

● ふじさわ・くみ/1996年日本初の投資信託評価会社、アルフィスを起業。
99年同社をスタンダード&プアーズ社に売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンク設立に参画。現在同社副代表、社会起業家を支援する「社会起業家フォーラム」副代表。金融審議会委員、税制調査会委員ほか、政府研究会の委員も複数兼務。 近著に『藤沢久美のマネーのマナー』(日本経済新聞社)。