日銀、物価修正幅読み違え、量的緩和解除後マイナスに(日経金融新聞) (2006.9.1)

平成18年9月1日 日経金融新聞 2面
日銀、物価修正幅読み違え
量的緩和解除後マイナスに

 二月十三日の衆院予算委員会。消費者物価指数(CPI)の上方バイアスの議論があった。
 日銀は当時、量的緩和解除の時期を探っていた。条件として「CPI上昇率が基調としてゼロ%を超える」「再びマイナスに戻らない」ことを揚げていた。CPI上昇率は二〇〇五年十月からプラスに転じていた。
 ところがCPIは技術進歩の影響などで実際より高めにでやすい。これを上方バイアスと呼び、その修正の意味もあって五年に一度、CPIの基準を改定する。
 予算委で自民党の山本幸三・衆議院議員は「基準改定でマイナスが起こりうる」と指摘。解除を八月の基準改定まで待つべきだと迫った。日銀の福井俊彦総裁は「バイアスは縮まる方向できている」とかわした。
 CPIをめぐる山本、福井両氏の論戦は昨年十月の予算委でもあった。福井氏は答弁の最後に「(機能指標から統計的に品質変化を測定する)ヘドニック法の採用以降は、バイアスはだんだん小さくなってきている。このことも委員はご承知だろうという風に思っている」と付け加えていた。
 こんな確執があっただけに、日銀内部では量的緩和の解除について、基準改定後のCPI水準でも解除条件を満たしている必要があると考えていた。検討した結果、八月の基準改定では前回の二〇〇〇年基準の改定(〇・三ポイントの下方修正)ほどの大幅修正はないと判断。前回改定後もプリンター、インターネット接続料などを採用するなどこまめな修正が施されているためで、事務方は修正幅が〇・一ポイント、大きくても〇・二ポイントと見ていた。
 また、〇五年に審議委員に就いた西村清彦氏は経済統計の専門で、統計審議会のメンバーも務めたことがある。日銀関係者によると同審議委員が大幅な修正はないと見ているようだったことも、小幅修正の見方を勢いづかせた。
 そうしたCPI観に基づき、日銀は三月に量的緩和を解除した。
 ところが八月の基準改定で、下方修正幅は日銀の予想を大幅に上回った。携帯電話の価格と、その通話料の値下げなどが響いた。旧基準との乖離(かいり)は月によっては〇・六ポイントもあった。
 修正幅を読み違えたことには、二つの意味がある。
 一つは日銀が修正とはいえ、物価見通しを大きく外したことである。詳しい背景は分からないが、金融政策の運営能力が問われかねない事態だ。
 もう一つは日銀があげた量的緩和の解除条件を実質的に満たさないまま、解除に踏み切ったことである。官邸などから「よもやマイナスに戻ることがないように」とくぎを刺されながら、四月の全国の消費者物価は新基準ではマイナス〇・一%と、再び下落に転じている。
 日銀は三月時点の旧基準では条件を満たしていたと主張している。しかし、山本、福井両氏の論戦も踏まえて考えると、信ぴょう性が落ちていたCPIを判断材料にした日銀の分が悪い。論戦は山本氏に軍配が上がったと考えるべきだろう。
 より正確なCPIである改定値をもとに金融政策を考えるとどうなるか。安定的を三ヶ月連続でプラスが続くことだとすると、五、六、七月のプラスが確認された八月末でようやく量的緩和の解除条件を満たした。
 長期金利は基準改定と同時に急低下した。いまの一・六%台は、ゼロ金利解除で上がった分を帳消しにした水準。市場は日銀が量的緩和解除のタイミングを半年間違えたことを織り込みにかかっているように見える。