ワシントンの空は青かった!
2014年5月
衆議院議員 山本幸三
1.ワシントンは対日重視に大きく回帰
4月末から5月初めにかけての大型連休を利用して米国ワシントンを訪問した。主たる目的は恒例の日米国会議員会議に出席することだったが、折角の機会なので、ジャネット・イエレンFRB議長、アダム・ポーゼン国際経済研究所所長、リチャード・アーミテージ元国務副長官、サンダー・レビン下院歳入委筆頭委員(民主党)それに公的年金問題の専門家の方々などとも面会し意見交換してきた。これらの面談を通じて感じたことは、日本に対するワシントンの空気が一変したということだ。過去15年以上にわたるデフレの下日本経済が沈滞している間、ワシントンの注目は急成長する中国に集中していたが、安倍政権のアベノミクスによる日本経済の急回復等を受けて「やはり日本だ!」という空気がワシントンに戻ってきたのだ。一時期参加者が激減した日米国会議員会議にも多くの米側新メンバーが顔を見せるようになり、賑やかさを取り戻した。誠に嬉しい限りだった。
オバマ政権は、外交面で失敗続きで、中東和平交渉は頓挫し、シリアやウクライナでもロシアにいいようにやられている。失地回復はアジアで図るしかないということで、先般のアジア歴訪が行われた。日本に対して尖閣諸島への安保条約適用を明言するとともに集団的自衛権行使への動きを歓迎するなど大サービスだった。一番大きな成果はフィリピンとの間の新軍事協定の締結だろう。これらは、明らかに対中国牽制を意図したものであり、アメリカの威信を誇示したものといえる。最近の中国の覇権的な動きには目に余るものがあり、これ以上は許さないという米国の姿勢を示したものだが、当然中国は猛反発している。アーミテージ氏の言葉を借りれば、「furious=怒り狂っている」とのことだ。こうしたやっかいな中国と対抗するためには、やはり日本との共同歩調しかないというのが今のワシントンの共通理解なのだろう。
日本にとっては好機到来だ。この際、強固な日米関係を再構築するとともに揺るぎなき両国民の信頼関係を発展させていかなければならない。そのためには、このところ手薄になっていた日米間の人的交流をもっと活発化し、いつでも電話一本で話ができるという個人的信頼関係にまで深めていかなければならないと思う。今回のワシントン訪問は、その第一歩にしなければならないと改めて覚悟した次第だ。
2.アベノミクスを高く評価
イエレン議長もポーゼン所長も「大胆な金融政策でデフレを脱却しつつある」アベノミクスを高く評価していた。米国経済については、両人とも緩やかだが着実に回復しているとの判断。ただ労働市場の回復については共に慎重な見方。問題は企業の投資が伸び悩んでいることと賃金上昇率が高くないこと。私から、「米国では所得格差が拡がり一般労働者の賃金が上がっていかないことが最大の問題ではないか。」と指摘したところ、両者とも「その通り」との答え。日本はアベノミクスの下で一般労働者の賃上げに成功し格差の拡大を食い止めつつあるが、米国ではそれができないもどかしさを感じる。米国は、ティーパーティの主張もあって、このところNASAやNIHといった科学技術振興費を大幅に削ってきたし、企業も従業員を減らし研究開発費も減らすという形で利益を出し、株価維持策を講じてきた。しかし、これは長い目で見れば、米国経済の強みを失い自滅につながる途でもある。長期的な観点からは、米国経済の行方には黄信号が点っているといえなくもない。
3.TPPには本気だ!
中東やウクライナで失敗続きのオバマ外交にとって最後の切り札はアジア外交であり、中でも大きな意味を持つのがTPPである。中国を牽制しつつ自由で公正な巨大マーケットを築くというTPPは、オバマケア以外にさしたる成果が見られないオバマ大統領にとって最重要課題となっている。オバマ大統領としては、歴史に名を残すため何としてもTPPをまとめなければならない立場にある。日本側はこのことをよく読みとって、最大限に粘り通して有利な結果を得るようにすべきだ。
最終的にTPPを成功させるために必要なTPA(議会が行政府に交渉の一括権限を与える法律)については、秋の中間選挙で共和党が下院だけでなく上院でも勝てば、その成立は確実とみられている。民主党のオバマ大統領が上下両院の共和党によってTPAを与えられるという摩訶不思議な光景が出現しそうなのだ。それでなくともビックリしたのは、反対の急先鋒といわれたサンダー・レビン下院歳入委筆頭委員(民主)でさえ、「中味が満足できるものなら、TPAは問題ない。」と言明したことだ。民主党の強硬派の間でさえ、「まあまあの中味なら止むを得ないな。」という感じが芽生えてきているかもしれないということで、このことは十分認識しておく必要がある。
4.日中・日韓関係
アーミテージ氏の言によれば、「安全保障分野、とりわけ集団的自衛権や尖閣諸島をめぐる問題につき、オバマ大統領の訪日は役に立った。日米安保条約第5条の尖閣諸島への適用については、これまでパウエル国防長官、クリントン国務長官が述べ、今回オバマ大統領が述べられた。この問題は、これで決着である(Done)。」とのこと。中国は秋のAPEC開催を控え、失敗したくない状況にあるので、日中関係改善を望んでいるのではないかとの見方。
日韓関係については、まず橋下大阪市長や籾井NHK会長のような人たちが黙ることが先決。韓国はフェリー事故で国民の関心が自国の対応に向き、日韓関係は徐々にだが改善の方向。ただ慰安婦問題については、なんらかのジェスチャーを日本側からとる必要があるとういうのが大方の見方(アーミテージ氏、マイク・モチヅキ氏)。
5.米国の公的年金制度の問題
私は今、日本の公的年金制度が将来的にも安定した制度となるような改革案に取り組んでいるが、その第一歩はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の改革である。GPIFの資産運用は国債中心となっているので、デフレからマイルドなインフレに向かう状況の中、その運用を多様化しリスクを分散するとともにより高い収益を目指す改革が一つ、もう一つは意思決定が不透明で責任が明確でない今の組織形態をより独立性が高くかつ責任が明確な組織とするようガバナンスを変更することだ。
ところで、こうした改革を進める際に、抵抗勢力が錦の御旗として使うのが「あのアメリカの公的年金制度でさえ、100%国債で運用している。」という主張である。そこで今回、米国公的年金についてのエキスパートの方々と会い、その真偽を確かめたところ、「日本側は、とんでもない誤解をしている」ことが分かった。即ち、米国の公的年金制度は“pay as you go”政策に基づき一般会計の中で行われているのであって、年金基金という形で別途管理されているようなものでは全くないということだ。従業員や雇用主が拠出した社会保障税(米国では全て税金になっている)や年金受給者に課税された税金はその年の給付額を除くと全て一般会計に入り、赤字の穴埋めに使われる。このとき、年金受給者に安心感を与えるため、会計上のレトリックとして区分けをし、一般会計に組み入れられた分に対しては特別国債という形の借入証書を渡すという形を取り、これには一定の金利も付する。しかし、日本のように独立した運用主体がその判断で資産運用するというものでは全くない。財務省に召し上げられるだけであって、形の上での基金(trust)というのは帳簿管理をしているだけである。現に、米国の管理運用の最高責任者は財務長官である。別の言い方をすれば、米国の公的年金制度は全額税方式による完全賦課方式ということだ。米国でこの制度が成り立っているのは、まだ年令構成が若いからであって、いずれ高齢化が進むとその税負担は極めて大きなものとなり耐えられなくなるのではないかと懸念されている。
日本は、米国の公的年金制度のようなことは真似せず、多様な運用で収益を上げているノルウェーやカナダといった国の制度を参考にしたほうがよいということだ。
(以上)
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