1.消費税増税に絡んで有識者会議なるものが行われたが、そこでの議論を見ると、経済理論的には少し混乱しているように思われる。
増税慎重派の主張のポイントは「消費税増税によって個人消費が落ち込み、需給ギャップが拡大して、デフレ脱却が遠のいてしまう。」という点にあるが、本当にそうだろうか。こうした主張を、これまで日銀に積極的な金融緩和政策を求めてきたリフレ派と呼ばれる経済学者達までが唱え始めていることに私は違和感を覚えるのである。
私の結論は、「デフレ脱却と消費税増税は全く関係ない。」ということである。その理由は、「デフレは貨幣現象であるので、金融政策がしっかりしてさえいれば、必ず脱却できる。」という点にある。リフレ派の主張は、正にそこにあったのではないか。それが突然金融政策のことを忘れた議論を始めるのは首尾一貫性に欠けるというものだ。
2.消費税増税は、財政健全化や社会保障財源確保の視点から考えればよい話で、しかも増えた税収はいずれ社会保障費として支出されるので中長期的にはGDPに対し中立的だと考えるべきだろう。ただ、一時的にはショックを与えるかもしれないので、補正予算などでその対応を考えればよい。つまり消費税の議論は、本来デフレ脱却の議論と混同すべき筋のものではない。しかし、慎重派が主張するように、万一実質GDPの減少が起こったらどうなるか。その時、黒田日銀総裁のお蔭でお金の量が増えているのだから、実質GDPの減少はむしろインフレ要因である。従って、慎重派の主張とは逆に、デフレ脱却は返って早まるというものではないか。
3.いずれにしても、私が「消費税増税をしても、金融政策がしっかりしていればデフレ脱却は全く心配がない。」と考える理論的根拠は、「ワルラス法則」と呼ばれるものにある。「ワルラス法則」というのは、経済というものは実物財だけ分離して議論していては駄目で、貨幣も入れた全体で考えなければならないというものである。
簡単に言えば、実物財(=実質GDP)の世界で超過供給(需要不足)が生じているということは、貨幣の世界では超過需要(供給不足)が生じているということを意味する。つまり、それで全体の均衡が成立しているのである。従って、実物財の世界でデフレが生じているのは、貨幣の世界でお金の量が足りないからなのだということが言える。これが、「デフレは貨幣現象である。」という根本理由なのである。
この「ワルラス法則」を理解するには、経済学の高等レベルの知識が必要なので、一般の方々には無理に近いのかもしれないが、経済学者と呼ばれる方々でも理解していない人が多いのは困ったことである。
ただ、浜田宏一先生だけは分かっているはずだ。なぜなら浜田宏一先生は、かつて次のような一文を「経済セミナー(2010年8‐9月号)」誌上で発表されたことがあるからだ。
(以下、抜粋)
≪こんなことを思い出したのは、最近自民党の山本幸三代議士が国会で日銀の白川方明総裁との間で貨幣を含む一般均衡体系についてほぼ次のような、実は金融論の根底にかかわる、質疑応答をしたからである。
山本(議員)「ワルラス法則によって、財の35兆円の需給ギャップつまり超過供給があることは、貨幣の超過需要があることを意味する。」
白川(総裁)「ワルラス法則は基本的に完全雇用の世界の話ですから、不完全雇用下でワルラスの法則を当てはめてというのはどうかなという感じ――」
物が余っているときにはお金が不足しているというのが質問で、総裁の回答は、ワルラス法則は予算制約式(どの家計も、収入と借入以上に消費はできないという制約)という恒等式を加え合わせたもので不均衡でも成り立つことを無視している。ともかく、貨幣を皆に余計与えれば、財の需要不足も解消するというのが、貨幣を含む一般均衡論の教訓である。ここで、私は、一見政策とは何も関係ないように見えたバティンキンの学説を勉強しておいてよかったと改めて感じたのである。
バティンキンは、財市場が財の相対価格を決め、それに貨幣残高方程式で絶対価格が決まるという考え方を、貨幣経済の「誤った二分法」と呼び、貨幣が予算制約にちゃんと入っている体系から理想的なときには貨幣に中立性が示されるというのを「正しい二分法」と呼んだ。白川総裁や、日銀流金融論の主張者、そしてそれを弁護する学者はいずれもこの「誤った二分法」に陥っている。
学者間でどちらの二分法がいいかなどと論ずるのは、「コップの中の争い」に見えるかもしれない。普通はそうである。しかし、ここでは金融政策の方向が、つまり、将来日本国民の多数の暮らしがかかっている。なぜなら、「誤った二分法」しか考えられない人からは、金融政策ではデフレは治らないという(世界中のほとんどの経済学者が卒倒するような)結論が出てくるし、「正しい二分法」からは、金融政策でデフレも止まるし、雇用、生産も回復できるという国民への希望も生まれてくる。経済理論の正確な理解が、国民の経済福祉向上に不可欠なことを示す一例である。≫
浜田先生には、是非この「ワルラス法則」を思い起こして頂きたい。
4.さて私は、この有識者会議が行われた週を含む2週間、香港・台湾・シンガポール・ミャンマーを訪問してきた。その中で、200人を超えるヘッジファンド・年金基金・ソブリンファンドなどのマネージャー達にアベノミクスのPRを行ってきた。今まで日本に全く興味を示さなかった投資家たちが一勢に日本を注視しているのには驚いたが、彼らの唯一の疑念は「消費税増税が予定通りに行われるのかどうか。」にあった。海外の投資家にとっては、「財政再建は日本の構造改革の重要な要素であり、これを忌避するならアベノミクスは本物だとは思えない。」というものである。
また、「ミスター・アベはこれまでズバズバと物事を決めてきたのに、消費税増税にはなぜこんなに躊躇するのか。」という疑問も聞かれた。
株高・円安から実体経済に着実に効果が及びつつあるアベノミクスが失速しないためにも、予定通りの消費税増税は早く決断した方がよいように私は思う。黒田日銀総裁が居る限りデフレ脱却は全く心配がないのだから。
(以上)
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