海士町に視る地方創生のヒント(参考レポート)
―新技術(CAS)が地域資源を救う―
2015年2月27日
衆議院議員 山本幸三
1、(問題意識と経緯)
地方の農水産物を何とか東京などの大市場や海外に持っていけないものかと模索していたところ、出会ったものがCAS(Cells Alive System)である。
従来の冷凍装置では、水分が凍結する際膨張して食材の細胞を壊してしまい、味や香りが失われるという欠点があった。そこで、(株)アビーの大和田哲男社長が「過疎化している地方を助けたい。」という一念で20年の歳月をかけ、水分が固まらないようエネルギーを調整して凍結するCASを開発、これによって動植物の細胞が破壊されないまま再現されるという夢のような話が実現されることとなった。私は、昨年9月流山市の(株)アビー本社を訪ね実物を見ていたが、やはり実際に実用化されている現場を自分の目で確かめたいと大和田社長にお願いして今回の海士町訪問(2015/2/8~2/9)となった。
猶、この話を私から聞いた野村証券の岩崎副社長も「是非、自分も見たい。」として同行することになった。
現地では、大和田社長の紹介もあって、山内道雄町長自ら案内して下さり、CAS凍結センターの奥田所長さんなどから詳しい話を聞かせて頂くことができた。ここには、今後の地方創生施策を考える上で決め手となるような大きなヒントが提示されており。是非とも多くの皆様に知って頂きたいと考えるものである。
2、(海士町の取り組み)
(1) 島根県海士町(人口2400人)には市場がなく獲れた魚介類は本土の市場に出荷するしかないが、フェリーに乗せるため時間がかかる。逆に運賃や出荷手数料も高く島の漁師の手取りはわずか。しかもフェリーが欠航すれば、売上さえもなくなるという状況だった。このハンディのため漁師は減少、島の活力も徐々に衰えてきた。時あたかも、小泉行政改革で交付税も削減、島は消滅の危機にさらされていた。
(2) 2002年、NTTの幹部を勤めた後推されて町長となった山内道雄氏は、町の生き残り策を検討する中で、島のハンディを克服できるCASに出会う。しかし、これを導入するための立ち上がり資金がない。窮余の一策として、町長自ら給与5割カットを宣言したところ、幹部職員から「自分たちも協力したいので、俸給を3割カットして欲しい」との申し入れ。議員もこれに続き、その結果2億円を捻出。こうした町長・職員・議員たちの不退転の決意に町民も呼応、全町挙げて町の再生に一丸となって取り組もうという気運が高まった。
(3) 2004年から整備を始め、2005年3月に第3セクターの株式会社ふるさと海士CAS凍結センターを設立。CAS凍結センターの設立資金は総額5億円を要し、「これが失敗すれば全てが終わりという悲壮な船出だった。」
(4) 課題は、販路確保。当初は、スーパー・ホテル・百貨店など大手企業に営業をかけたが、知名度がないことやCAS処理で価格に高値感があったりして、既存の流通ルートに乗り切れなかった。
模索し情報を集めている中で、「居酒屋」という話が持ち上がってきた。居酒屋は価格の自由度が大きく、品質が良ければ価格はある程度高くしてもよいという。早速足を棒にして居酒屋廻りを始めたところ交渉に乗ってくれるところが現われてきた。その内、「あの店の魚は新鮮で美味しい。」という評判も聞こえるようになってきた。
(5) ネット販売、個人の口コミ販売等、産直販売にも力を入れ、実績も上がってきている。また、二次加工品(惣菜やパエリア、リゾット等)にも取り組み、収益の25%を賄うまでになった。看板である岩ガキは、CASによって長期保存が可能となり、年中“生ガキ”が賞味できることで、島根県のふるさと納税用贈答品としても、シジミ貝を抜いて一番の人気商品ともなっている。私も現地で一年前の岩ガキを頂いたが、汐の香りといい、味といい、獲り立てそのものの美味であった。
豊凶差が大きいイカも、CAS処理によるストックが可能となり需要に対応、安定した出荷が実現した。昨年は例年の10分の1という最悪の漁獲量だったが、ストック調整によってこの難局を乗り切ることができた。イカは捨てる部位がなく、生体・解体全てがCAS処理によって有価流通できるようになった。解体された部位は、2次加工品に商品化される。漁業者にとっては、これまで経験したことがないもので、彼等の意識は大きく変わった。
(6) 漁業者の意識の変化は、一連の工程管理の徹底にも見ることができる。漁協の看板に「針金や鉄屑などの異物が混入しないように定期的な甲板清掃を徹底して欲しい。」との願い書が貼り出されているが、漁業者は異論なく従順にこなしているという。奥田所長によれば、「甲板は乱雑なものというのが常識だった漁業者の意識が革命的に変わった。これも、CASできれいに処理することが、自分たちの生活向上に直結していることを皆が理解し、喜んでいるからだ。」とのこと。
(7) CAS商品の値決めは市況欄にもその例がなく、思案の末、「漁業者・地方経済・消費者の三方得」の価格を自ら決め、これに合わない商談は受け入れないことにした。生産者が値を決めて売るという形態は一次産業の世界ではかつてなかったことで、一大改革といえる行動である。CAS処理商品の価格は他の冷凍品より30%ほど高い。このため、当初の価格交渉では難航したが、「生産者が値決めする。」という基本的テーゼを守り抜くことによって、今ではCAS商品価格は一定との観念が定着し始めた。商品の品質が良ければ、生産者側の値決めが通用することを実証したことになる。これによって、漁業者の手取りが安定することになった。豊凶や天候不順による生活不安を解消することができるようになったのである。漁業者の合言葉は「CASさまさま!」とのことである。
(8) CAS凍結センターの売り上げは、2億2千万円、それに直販1千万円が加算され、従業員30人程にそこそこの給料を払えるまでになっている。今後の見通しも、着実に伸びるシミュレーションである。利益率は純益で6%程度、一般類似企業の4%より率は上回る。ただ第3セクターであるため、利益に追われるとその枠を外れることになるので、その鬩ぎ合いに頭を痛めているという。
(9) 山内町長は、こう言う。「地方行政は国の交付金を有効に使うことによって、地元の資源を活かした起業化を積極的に行うべきだ。財界から工場誘致の話もあるが、私はきっぱり断っている。景気が悪くなるとすぐ引き上げるからだ。残された町はお手上げになる。基本は、地場資源による起業化で永続性があり住民に愛される企業でなければならない。」と。
(10) CASの活用によって漁業者の生活が安定すると、町も他の色々な施策を打てるようになった。とくに力を入れているのが教育だ。島唯一の高校を維持するため、島外から留学生を受け入れるとともに、学力向上のため町自身が進学塾を開くことまでやっている。こうした取り組みに刺激されて、町民たちも立ち上がり、牧場経営やナマコ経営までやる人達が出てきた。都会から子供連れで移住するIターン組も400人を数えるに至っている。地元高校生と交流している大学生は「海士には宝が眠っている。」と語ったそうだ。
CASによって入口が開かれ、町全体が開花しようとしている。山内町長が力を込めて「CASさまさまだ!」というのがよく分かる。
3、(提言)
(1) 海士町の例にみられるように地方創生の肝は、地域資源を活用した永続性のある企業化である。その際、CASのような地域資源を活かす施設が必要となるが、そのための立ち上がり資金がないのが問題。従って、具体的な地域資源活用起業化のプランを持つ地方自治体に対しては、施設整備費と当面の市場開拓資金等を含めて10億円程度の自由に使える交付金を配分することとしてはどうか。
(2) 最大の問題は販路の確保であるが、これは弱小な地方自治体にとっては極めて難しい課題だ。そこで、この点に関しては、中央政府に於いて各省協力の下、市場開拓プロジェクトチームを作り、全面的にバックアップする体制を構築してはどうか。その際、商社や大手の流通企業等の協力を仰ぐことも必要だろう。その販路も国内に止まらず、海外市場も目指すことが望ましい。
(以上)