第44話:農水産業の再生 ~合理化、近代化で活力のある農業に~

 

幸ちゃん物語 第44話 (北九州地域再活性化私案編)

農水産業の再生

~合理化、近代化で活力のある農業に~

 経済のソフト化というのは、重厚長大から軽薄短小への転換、均質大量生産から多品種少量生産への動き、量より質といったニーズの変化などを指す。商業製品の分野でこうした時代の流れに乗り遅れたものは、市場から淘汰されている。農水産業の分野でも、似たような傾向がみられるのではないだろうか。

 私が育った京築地域は、米、麦、果物などの農産物の生産地帯である。また、エビ、カキ、ノリの養殖などの近海漁業もかなり盛んである。しかし、これら農水産業はアメリカからの強い市場開放要求を受けるなどして、極めて厳しい状況に立たされている。今後、これらをどう取り扱っていくかが、政治においては重要な問題である。

 私は基本的に自由貿易論者だが、農業の安易な市場開放には反対である。今、日本が米をはじめすべての農産物・畜産物の輸入を完全に自由化すれば、輸入が急増して日本の農業は壊滅的打撃を被り、多くの農業従事者は職を失ってしまい、日本のGNP・国民所得・総貯蓄はいずれも大幅に減少しよう。そのようなドラスティックな自由化政策は、日本経済に取り返しのつかない傷を負わせることになり、決して国益に合致することではない。自由化は、国内的に十分な対応措置が講じられ、職を失う農業従事者はほかの産業にスムーズに吸収されうるという大前提が必要条件である。

 現在、日本の穀物自給率は30%強であり、総カロリーの約50%を海外に依存している。どこまで、海外依存を認めるべきかについて定説がある訳ではない。しかし、現在の総カロリーの半数という数字は、戦時中の厳しい時代の摂取カロリーとほぼ同水準であること考えると、今程度の海外依存というのは、まあ妥当なところといえる。

 また、日本の国土は起伏に富み、傾斜地が多い。この自然条件のなかで災害を防ぐためには、山林や水田によって水を吸収していくことが必要がある。このように国土を保全するためには、地方の山林や農村地帯に人が留まっている必要がある。国土の保全というのは他国から買うものではなく、そのために国民がある程度の負担をすることは当然のことであると思う。

 農産物に関する最近のアメリカの姿勢は、あまりに身勝手すぎるように思われる。アメリカ人はだいたい、自国のことをよく知らないことが多いが、アメリカ自身は、ガットの協定を議会で批准しておらず、従ってそれは、行政当局だけが約束した行政協定にすぎない。しかも、ウエーバー条項というのを特例的にもって、自国農産品目に対して輸入量制限などの保護を堂々と行っているのである。合法的といえばその通りだが、日本だけがすべて悪いという言い方をあまりにされると釈然としない。

 アメリカの理不尽な要求に対しては、毅然としてこれを拒否すべきであると考える。そして、やむを得なければガットの場で協議し、必要な輸入制限と代償措置を講ずるというのが一番スッキリすると思う。何の交渉でもそうだが、何とかその場をしのげればよいというパターンは、日本が経済大国化してしまった今日、もはや通用しなくなったのではなかろうか。アメリカ人は、理屈さえ立てばはっきり「ノー」と言う人間の方を、むしろ尊敬すると思うのだが。

 日本の農業の最後の生命線は米であるが、米の輸出入は食管法で政府が独占しており、これはガットでも国家貿易制度として合法的なものとされているようだ。従って、完全自由化論議が米におよぶことはまずないと思われるが、日本側としても十分な理論武装をしていかなければならない。