幸ちゃん物語 第50話 (対談編)
ハイテク産業、サービス産業への転換で新しい都市づくり
― 広中平祐氏
広中 平祐氏:ハーバード大学教授
数学者。1931年、山口県生まれ。1954年、京都大学理学部数学科卒業。1986年にハーバード大学教授になり、頭脳流出の1人といわれた。1970年に学士院賞を受け、1975年文化勲章を受章。日本で2人目のフィールズ賞受賞者(1970年)。
■バラエティに富んだ都市には活力がある。
山本幸三 北九州は戦後一貫して工業地帯として発展してきた都市です。ところが産業構造の転換によって、鉄鋼を中心とした素材型産業が活力を失い落ち込んでいます。これを何とか再活性化しようという意欲は各方面から出ているのですが、なかなか決め手がありません。どうすればいいかアドバイスをいただけたらと思うのですが。
広中平祐 北九州に典型的に現れていることですが、何でも一つのものに頼りきっている。これがよくないですね。といいますのは、時代が変わるにつれてほかの産業が発展するということもあるし、それ自体が技術革新に乗り遅れてしまうということがあるからです。これは街づくりでも経営でも、すべてのものに共通する原理と思うのですよ。
山本 経済学でいうポートフォリオ・セレクションのようなものですね。危険の集中を避けるため、複数のものに投資し危険を分散しておくという・・・
広中 そう。バラエティに富んだ選択肢をもっておくということです。とにかくこれだけ時代の動きが早いと、何の産業が興隆し何がすたれるかわからない。だからこそ、いろいろなものが揃っているということが大切なんです。しかも、そうすることによってお互いに刺激しあい、活力が生まれてくるのですね。
カリフォルニア州はシリコンバレーと呼ばれるIC(集積回路素子)産業の集積地をつくったが、私はこのように一つの産業だけに片寄ってしまうというのは、長期的にうまくいくのかどうか疑問に思っているのです。
山本 そうですね。私も三年前にシリコンバレーを訪ねたことがありますが、それほど魅力を感じませんでしたね。なんというか、殺伐とした感じがしたんです。それに比べれば、ボストン郊外のいわゆるルート128沿いにあるハイテク産業の方が可能性があるのではないでしょうか。緑のなかに建物が点在していて、何となく落ち着いた雰囲気がありますね。
広中 そうそう。物理的にも実質的にもバラエティに富んでいることがいいのです。もともとこのボストンも繊維とかゴム産業が栄えていたのだが、それらが落ちぶれ、今はハイテク産業中心に復活した町なんですね。
山本 ボストンの復活で、マサチューセッツ州の失業率は全米平均の半分以下、2%ぐらいだそうですね。
広中 超完全雇用といってもいいくらいです。その代わり住宅とか電気、ガスなどの料金は全米で1、2位といった高さでもある。マサチューセッツ州は、対日貿易でも黒字だそうですよ。
■都市の活性化に大きな役割をもつ大学
山本 このように、ボストン周辺がかつての荒廃から復活した秘密は、いったいどこにあるのでしょう。
広中 それは大学ですよ。ボストン周辺には30近くの大学があり、各種学校を加えるとかなりの数にのぼります。それが産業構造の転換に大きな役割を果たしたわけです。ハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)の科学技術がスピンオフして、ルート128沿いにハイテク産業を興していったのです。ちょうど、シリコンバレーがスタンフォード大学をバックに発達したのと同じですね。
それだけでなくMITなどは、科学者が新しいビジネスを始めるのを資金的に援助するようなこともしているんです。
山本 最近注目されている、ビジネス・インキュベーターですね。
広中 ええ。それを大学がやっているのですよ。日本でも東北大学の西沢潤一先生などが中心になって、そういった動きを進めているようですね。
山本 そうなんです。そのおかげで仙台地域は大変活気がでてきたと聞いています。
広中 ただ残念なのは、日本の大学は国立大学が主体でしょ。そのためにフレキシビリティに欠ける。これがよくないですね。やはり、大学が自由に活動できる資金的基礎が大切ですね。
その意味からも、国立大学の民営化を考えていくのがいいと思うのです。そうしないと、せっかくの技術や知識を十分に還元できませんよ。この点、アメリカの大学はほとんどが私立だし、何でも自由にできる、これがいいのですね。
山本 ところが、北九州では、文部省の指導で、私立大学でさえ新設が許されないというおかしなことになっているのです。
広中 それはおかしいですね。ただ次善の策として、既存の大学の活動の幅を広げていくことはできるのではないですか。
現に、北九州には九州工業大学という立派な大学があるではありませんか。これをもう少し充実させて、九州大学と競い合わせるようにすると、九大にとっても大変刺激になるし、お互いによいと思うんですけどね。
他の例でも、信州大学や山梨大学がいろいろな試みを行っていますね。そういったユニークなチャレンジが、新しいものを創造していくためには必要なことなんですね。
■若者よ、既存の体制・観念に疑問をもて
山本 先生はハーバード大学と京都大学に籍を置いておられますが、日本とアメリカの学生をくらべてみてどうですか。
広中 私は以前は日本の大学で教えていましたが、面白くないので日本でコースを受け持つのはやめたのですよ。日本の学生はとても保守的というか保身的なんですね。チャレンジ精神が全然ない。
山本 それは残念です。どうしてなんですかね。
広中 基本的には儒教精神というのか、学生は先生の教えることを学ぶものという観念がこびりついているのではないでしょうか。”学ぶ”ということが”まねぶ”ということになっている。つまり、先生の真似をしていくものだと思い込んでいるのですよ。それに輪をかけているのが、文部省の画一的な教育方針なんです。これでは創造的な人間はなかなか育ちません。
その点、アメリカの学生は玉石混交の面もありますが、それぞれ個性があって面白いですね。
山本 その、日本の学生は保守的だというところを、もう少し説明していただけますか。
広中 つまり、日本の学生はいいところに就職するために、いい大学に入ってまじめに勉強していい成績をとるんだということばかり考えているんです。それは話をしていてビックリするほど保守的なんですよ。老人と学生がもっとも保守的だということで、いったい日本の将来はどうなるのか心配ですね。
山本 私などはいわゆる全共闘世代で、大学紛争の荒波にもまれた方ですが、確かに今の学生にはそういうエネルギーがみられませんね。「破壊がなければ創造はない」という言葉がありますが、もっと活発になってほしいということですか。
広中 なにも紛争を起こせとか破壊が必要だと言っているのではないのです。しかし、いつの世でも、既存の概念や体制に疑問をもつというのが若者の特権ですよ。それらが最初から老人みたいな物の考え方をするのでは、進歩というものがありませんね。
山本 そう思います。北九州の再活性化を考えるについても、既存の体制、観念を打ち破ろうという気持ちが大事だということでしょうね。
広中 そうです。そのためには若い世代の人達が頑張らねばなりませんね。大分県の平松知事や熊本県の細川知事などは、とても頑張っているようですね。やはり最後は人ですから、しっかりとしたリーダーが望まれるということです。
山本 はい。幸い北九州は末吉興一さんという素晴らしい市長が誕生して、難しい状況のなかで、再活性化のために先頭に立っておられるので期待できると思います。
広中 それは頼もしいことですね。山本さんも早く国政の場に出られ、新しい北九州を引っ張っていってもらいたいですね。
山本 ありがとうございます。ご期待にそえるよう力いっぱい頑張りたいと思います。機会があれば、先生もぜひ北九州においでいただきたいですね。
広中 私もぜひ行ってみたいと思います。